ドキュメント クマから逃げのびた人々

ドキュメント クマから逃げのびた人々

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三才ブックス
¥1,980 (2025/08/20 10:14:29時点 Amazon調べ-詳細)
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価格1,980円(税込)
判型A5判
ページ数272ページ
ISBN978-4866734590
発売日2025/08/26

人間がまともに戦えばほぼ勝ち目のない動物、クマ。襲われた当事者の生の声を聞く、衝撃のノンフィクション。

目次

CASE 01
きのこ採りの最中子連れ母グマに襲われ 一部始終が動画に
2023(令和5)年9月28日
[現場]岩手県岩泉町釜津田(早坂高原)

CASE 02
背後からの不意打ちで頭部をやられ大流血 クマの姿はまったく見えず
2022(令和4)年9月上旬
[現場]群馬県沼田市佐山町

CASE 03
瀕死のヒグマと格闘 繰り出した右拳が相手の口の中に──
2022(令和4)年7月
[現場]北海道滝上町滝西

CASE 04
自宅裏の畑で突然クマが藪から現れ右目を失明
2023(令和5)年6月16日
[現場]島根県邑南町宇津井

CASE 05
地下鉄駅そばでまさか24時間続く痛みとPTSDに今も苦しむ
2021(令和3)年6月18日
[現場]北海道札幌市東区

CASE 06
人気キャンプ場の深夜クマにテントごと引きずられ右膝負傷
2020(令和2)年8月8日
[現場]長野県松本市安曇上高地

CASE 07
顔面を執拗に嚙まれ前例のない重傷を負うも「痛いと言ったら負け」
2006(平成18)年10月16日
[現場]群馬県沼田市秋塚町

CASE 08
血まみれになりながら取っ組み合いで命がけの戦いを制す
1992(平成4)年10月7日
[現場]秋田県秋田市仁別

北海道のヒグマ最新事情と未来を見据えた対策
………坪田敏男(北海道大学教授)

本州・四国のツキノワグマ 生態や現状とこれからの課題
………山﨑晃司(東京農業大学教授)

救急医療の現場から学ぶクマから命を守る方法
………中永士師明(秋田大学教授)

日本で初めてベアドッグを導入軽井沢町のクマ対策の20年
………ピッキオ
ほか

はじめに

クマはなぜ、人を襲ってしまうのか。

日本国内の熊害死亡事故は、2025(令和7)年に限っても、約半年、7月中旬の段階で3件が発生している。春先まで冬眠するクマの生態を加味すると、活動期間はほぼ3カ月。平均すると1カ月に1件というハイペースだ。実際には、6月下旬~7月上旬の3週間で3件が立て続けに起こっている。

2025(令和7)年に起きた各事故の概要は次の通りだ。

6月22日の午前10時頃、長野県大町市八坂で起きた事故では、タケノコを採りに竹藪に入った男性が襲われ、顔などを引っ掻かれ意識不明で病院に搬送後、死亡した。竹藪には男性2人で入っており、もう1人も肘を嚙まれている。

7月4日には、岩手県北上市和賀町山口の民家が現場となった。被害者は91歳の女性。午前7時30 分過ぎに別居する息子が訪ねたところ、居間で血を流している母親を発見。全身に動物の爪による傷痕が多数あり、既に事切れていた。

この事故をニュースで知り、住宅地というだけでなく、屋内で起こったことに衝撃を受けた人も多かっただろう。野外ではなくクマが民家に侵入し、人を襲ってしまうとは。「一体どうやって身を守ればいいのか?」と、不安を覚えてしまうのも無理はない。和賀町では、数日前からクマの小屋や倉庫への侵入、米の食害が相次いでいた。死亡事故を受け、同日午後には3カ所の自主避難所を開設。罠設置や見廻りなどを行っているが、侵入、食害は続いているものの、クマの捕獲・駆除には至っていない(2025[令和7]年7月17日現在)。

さらに7月12日には、北海道福島町三岳にて死亡事故が起こる。前二例は本州なのでツキノワグマで、こちらは北海道なのでヒグマによるものだ。

夜明け前の12日未明、被害者は自転車で配達中の新聞配達員だった。玄関先で、新聞を届けた直後にクマに襲われた。その後、腕を嚙まれた状態で100mほど引きずられたと見られ、近くの草むらで遺体が発見された。

この事故では、事故最中の目撃情報が多くあり、クマの行動がつぶさに分かる。一般的には、クマが始めから捕食目的で人間を襲うことはないといわれているが、このクマの行動はそれを否定しているように見えなくもない。

なお、このクマも2025(令和7)年7月17日現在、捕獲・駆除には至っていない。翌日以降、スーパーマーケットのゴミ置き場で生ゴミが荒らされるなど、同一個体と思われるクマの痕跡は見られている。

また、この死亡事故を受け、北海道として初の「ヒグマ警報」が福島町に発出されている。

以上はあくまで、死亡事例のみだ。ケガを負った例はそれ以上に起こっている。山や林など、自然の中で襲われた例もあれば、市街地で襲われた例も少なくない。

2024(令和6)年11~12月に発生した、クマがスーパーマーケットに侵入し3日間立て籠もった事件を覚えている方も多いだろう。現場の秋田県秋田市土崎は、農村地帯ではなく、郊外の住宅街だ。この際は従業員がケガを負ったが、クマは最終的に箱罠で捕獲され、殺処分された。

クマに遭ったらどうするか。遭わないためにはどうすればいいか。万一、襲いかかって来られたら、いざという時はどう対処すればいいのか。

それらに対する模範的な回答は、確かにある。遭わないためには、クマに気づかせるために音を出す。遭ってしまったら、急な動きは避け、ゆっくり後ずさりする。襲われそうになったら、防御姿勢をとる……etc.

確かに、これらは有効な手段であるし、覚えておいて損はない。ただ、相手となるクマは、人間より力が強く、鋭い爪や牙を持っている。動きも俊敏だ。つまり、人間が正面から戦って勝てる相手ではない。ということは、セオリー通りに対処しても、クマの攻撃力のほうが勝っている以上、重傷を負ったり命を失う可能性は常にある。

なにより、そのような「自分より強い」相手に相対した際に、冷静に判断し行動できるだろうか、という心理的要素もある。

さらに、先に見てきたように、クマの行動にはそれぞれの個体差もある。本来、臆病であるはずのクマが、時には人を積極的に襲ったとしか思えない事例が、実際に起こっている。では一体、どうすればいいのか──。

本書では、クマに襲われたが命は助かった方々に、事細かに話を聞いている。特に、どのような場所で、どんなシチュエーションで襲われ、どう行動したのか。そしてどんなケガや後遺症を負ったか、ということを重点的に伺っている。加えて、その時々の心理状態も語ってもらった。

あくまで当事者本人の証言に基づくため、時間とともに記憶に歪みが生じていたり、個人的な見解が含まれていたりもしているだろう。それでも、極限状態を生きのびた当事者の生の声に、学ぶべきことは多いはずだ。

なお、本文中には、かなりショッキングなケガの写真も掲載している。あくまで、クマの被害を精確に伝えるためのもので、決して怖がらせる意図はないが、苦手な方もいると思う。そういった写真を掲載している記事は冒頭のトビラページに注意書きを記してあるので、参考にして頂ければと思う。